千住真理子考


ぬまくまサンパルホールに千住真理子がやってきた。

 知らない人のために簡単に千住真理子のことを説明する
千住真理子というひとは日本ではかなり名前の知られたバイオリニストだ。
12歳でデビュー。日本音楽コンクールに最年少15歳で優勝。
パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞を果たして以来、数々の賞を獲得している実力派で、現在国内主体で活躍しているバイオリニストの中では知名度からいうとトップクラスある。
またデビュー当時から美人バイオリニストということで注目を浴びた。
2000年に既にデビュー25周年を迎えているのだからもう40歳近くになるはずだが彼女は今でもとても若々しい。
 最近ではNHKの連続テレビ小説「ほんまもん」のテーマを彼女が演奏をして話題となった。
また昨年末、フランス貴族の家に家宝として300年間眠っていた時価3億円とも言われるストラディバリウスが彼女の手に渡り話題になっている。


 ところでぬまくまサンパルホールは福山市の南西広島県沼隈郡にある500席の小型の音楽用ホールだ。福山にあるリーデンローズの小ホールとほぼ同じくらいの大きさで、横が狭く縦が長い。
 サントリーホールなどの音響設計を手がけた、元NHK技術研究所・音響研究部長の永田穂氏が設計した音楽用ホールで、一般の多目的ホールに比べ、初期反射音の効果がすばらしく、特に生演奏で抜群の音響効果を発揮するそうである。
 僕がこのホールに来るのはピアノの仲道郁代がここに来たとき以来二度目だが、沼隈という小さな町にこれだけのビッグネームがくるというのはこのホールの音響効果も含め、音楽に対する町の取り組み方が福山市などと異なり真剣だからだろう。
 沼隈郡は言わずとしれた常石造船で成り立っている町なのだが、その常石造船の神原一族 → 宮沢喜一(元総理)というラインが実際備後地方の文化を引張っているのかもしれない。
 今沼隈郡と福山市との合併が取りざたされているが、合併してしまうとこういったコンサートも少なくなってしまうのだろうか・・・

 政治の話にそれてしまったので本題に戻す。
 この日彼女はその幻の名器ストラディバリウス"デュランティー"をこのホールに持ちこんできた。
 バイオリンはご存知のように湿気を嫌う楽器。湿度が高いと楽器そのものに悪影響があると同時に、音自体もよく鳴ってくれない。
 サンパルホールはこの楽器のために朝から空調を調整し湿度が40〜50%になるようにセッティングしたそうだ。
こういった心配りがほんとうにうれしい。

 この幻の名器"デュランティー"。ストラディバリウスが72歳の円熟期を迎えたときの作品だそうで、もともとローマ法王への献上品。
そこからフランス豪族・スイス貴族の手を渡り300年の時を経て彼女の手に渡った。
 所有者のスイスの貴族が手放すに当たり、誰でも良いのではなく、どうしても名手"千住真理子"に譲りたい、と彼女に白羽の矢を立てた。この貴族もオークションに出せば数億手に入ったのは間違いないであろうに、彼女に渡す(貸す?)というのはほんとにリッチで芸術を愛している人だと感心せざるをえない。
※1
 300年間ほとんど誰にも弾かれることなかったということだから、この楽器ははじめて本当に音を出せるようになって本望といったところだろうか。
さてどんな音がするものなのか…

※1 後日判明したのですが、このデュランティーは千住真理子自身が3億とも12億とも言われる金額で買い取ったものだそうです。


開演一時間前に現地に到着。
全席自由ということもあって既に数十人が並んでいる。
ところがそれから15分もするとこの列の長さは10倍にもなっていた。
早目に行って正解。
いたるところからの人々が、この小さな田舎町にやってきているのがわかる。
少しして開場。運良く前から3列目のセンターをゲットすることが出来た。

演奏曲目は
 1. アヴェ・マリア             グノー
 2. ラルゴ                 ヘンデル
 3. ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」  ブラームス
        〜休憩〜
 4. 愛のあいさつ              エルガー
 5. 瞑想曲                  チャイコフスキー
 6. メロディー                チャイコフスキー
 7. 夢のあとに                フォーレ
 8. 亜麻色の髪の乙女            ドビュッシー
 9. 思い出                 ドルドラ
 10. チャールダッシュ            モンティ

アンコール
 11. 愛の夢                 リスト
 12. ほんまもんのテーマ

となっている


http://www.jvcmusic.co.jp/classic/senju/disco.html


会場が明るくなり、ピンク色の衣装で彼女が登場。
優しい笑顔で第1部の曲目の説明。
そしてグノーのアベマリアの演奏が始まった。
表情が一変。厳しい演奏者の顔に変わった。

 ゆったりした音楽が2曲続く
バイオリンの音はどうか?
 僕と彼女との距離はわずか5mほど。ホールの響きよりも楽器からの直接音の方が大きく聞こえる距離だ。期待が高まる。
ところがその音は期待通りのものではなかった。
倍音が多く出ている感じではあるのだが、どうも音がふんづまりで伸びがない。
僕はてっきり今回彼女はストラドを持ってきてないのだと考えた。
 ヘンデルが終わる。彼女の表情がもとの優しい笑顔に。
彼女は眉間にしわを寄せた演奏中の顔と話をしたり演奏が終わった時の笑顔とのギャップがほんとに激しい。
 そして曲の合間に彼女から今日のバイオリンの説明。本物のデュランティーだ。
僕はがっかりした。ストラドってこんな音だったのか…

 ブラームスのソナタが始まった。大曲である。
彼女の音楽に対する取組みの態度は真摯に感じられる。彼女の汗が曲に乗って響いてくる。
 彼女の個性に対し伴奏の藤井氏は個性をあまり出さず曲にあわせついてくるが、息の合い方はもう一つ。ブラームスは個性の出し方が難しい。
1部が終わったとき、彼女のドレスの胸の下あたりに汗が滲んでいたのがとても印象的だった。


 休憩を挟んで第2部が始まった。
こちらは誰でも聞いたことのある名曲揃い。
最初にエルガーの愛のあいさつ。
 ところがこの音を聞いてびっくり。
とても伸びやかに音が出ていてすごく芳醇な音にきこえる。
本当に1部で弾いていたヴァイオリンとは違う楽器のようだ。
 そういえば岡山シンフォニーホールで諏訪内晶子を聞いたときも似たような印象だった。後半になればなるほどヴァイオリンがいい音で鳴るのだ。
ブラームスの大曲を弾いたおかげでデュランティーもやっと調子が出てきたというところか。
 そしてもう一つ。1部の曲はG弦D弦を多用する曲だったことがある。バイオリンは4本の弦がありG/D/A/Eと低音の方から並んでいるが、どうもこの楽器すこしG/DとA/Eで音質が異なっているような印象をもった。しかしこれを考慮してあまりあるほどG/D弦も前半とは全く違った美しい響きを聞かせていた。

 第2部はこのストラディバリウスの響きをめいっぱい堪能した。
千住真理子もこの楽器を掌中に収めているといった印象なのだが、ほんとうによく鳴る楽器だと思った。
本物のストラドの音を5mの距離で聞けるチャンスはもう一生ないかもしれない。

 気が付くと最後の曲モンティのチャルダッシュになっていた。
ここまでの曲目でアップテンポな曲が無かったこともあり、この曲だけは今回のプログラムの中では特異な感じ。しかしこの曲は大好きだ。(川井郁子考でも書いた)
 最近のヴァイオリンのコンサートではほとんど必ずといっていいほど演奏されており、ヴァイオリニストの腕の見せ所たっぷりの曲だ。岡山で高嶋ちさ子の演奏も聞いたし先々月総社で川井郁子の演奏も聞いた。
 千住真理子の演奏は完璧で、テンポ自体もこの中で一番速いがそれにもかかわらず一音一音が明瞭でしっかり音が出ている。歌うところもしっかり歌い、ここまで来るとさすがとしかいいようがなく、知名度にたがわぬ貫禄を見せつけた。
僕は聞いていて鳥肌が立った。


 楽器のことばかりで彼女の演奏のことが後回しになってしまったが、CDを聞いたりして僕の当初持っていた彼女のイメージは女性らしいか弱いものだったのだが、実際はそれとは異なり一音一音が非常にはっきりしていて音も良く響き音量も大きい。
 彼女は芯の強ささえ感じさせた。たとえ演奏中何度かミスがあったとしてもそれを恐れずしっかりと弾く。こういった演奏家の姿勢は共感をおぼえると同時に感動を与えるものだと僕はいつも考えている。
 僕の好きなピアニストのギレリスなんかミスタッチだらけだ。伝説の指揮者のフルトベングラーはアンサンブルがいくら乱れようとすごく速いテンポをオーケストラに要求する。
それでも聞いていて感動するというのはそこに人の強い意志と汗があるからだと僕は思っている。

 彼女は紛れもなく真の音楽家だと思った。
そのひとのアプローチの仕方から音楽に好き嫌いがあるかもしれないが、意思は素直に伝わってくる。
本当はもう少しバタ臭くてもいいんだけどなぁ…

 先日聞いた川井郁子と比較するのは本当はしてはいけないことだが、同じバイオリンとピアノの演奏で同じ曲を演奏する女性バイオリニストということで、あえてわかりやすく比較するとこういった感じかとおもう。

千住真理子 川井郁子
ジャンル クラシック イージーリスニング
生の音 マイクを使う
スコアのまま アレンジする
弾き方 一生懸命弾く 気持ちよく弾く
雰囲気 汗だくになる 汗をかかない
聞いていると ドキドキする 気持ちいい
プレゼンテ-ション 音楽に集中 見せることも重視
外見 若く見える きっと若い

といったところだろうか
個人的な所見なので失礼のだんは勘弁してもらいたい




コンサート終了後、彼女のサイン会があった。
あやうく気付かず帰ってしまうところだったが、人の列の先に彼女がいた。
そこで買ったCDに直接サインしてもらう。

彼女との距離は1m未満
彼女の「ありがとうございました」の一言と笑顔。
ついついうれしくなる
−20代といっても通るな−
それが正直な感想

ヴァイオリンのせいでかぶれたのか左の鎖骨が赤くなっていたの大丈夫かな
要らない心配をしたりして…

ほんとに得した一日だった。



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