出雲そば考 (奥出雲の蕎麦)

 
先日島根の滝見に出かけたのだが、その道すがら出雲横田町のそば屋に寄って出雲そばを食べた。
実は出雲そばを食べることがこの滝見ドライブの第二の目的。
以前この横田町に立ち寄った際、「あさひ亭」というそば屋で食べたそばの味が忘れられなかったからだ。
なんといっても奥出雲横田町はそばの産地であり出雲そばの一番の本場ともいえる。
新そばの季節。この期にこの出雲そばと一般の信州そば(江戸そば)の違いについて少し調べてみることにした。



出雲そばの歴史
養老六年(722年・奈良時代)、元正天皇がそばを国の食糧対策の一環として公式に取り上げたことにより、その頃から出雲地方でもそばの栽培が始まったようだが、本格的にこの地方にそばが文化として根付いたのは江戸時代になってからのようである。
それまで松江藩を治めていた堀尾氏に嗣子が無く断絶したため、寛永十五年(1638年)松平直正公が信州松本から入封することになるのだが、その際に信州のそば職人を連れて来たのが出雲そばの始まりといわれている。
そばが今日のように細長い形状(そば切り)になったのもこの頃のことで、当時は祭事や大晦日の庶民のご馳走となっていたのだそうだ。
その後出雲そばは江戸時代後期になってから「連」と呼ばれる趣味人のグループにより独自の食文化として完成されることになる。
尚、横田の蕎麦は松江の殿様に献上されたという言伝えがあり、出雲そばの原点ともいえる。


出雲そばの主な特徴
1.割子・釜揚げという形態
2.色が黒っぽい(灰緑色)
3.そばの香りが高い
4.腰が強い
5.出雲地元のそば粉を使用している(使用してない店もあるが)


出雲そばの形態
出雲そばの代表的な食べ方は「割子そば」と「釜揚げそば」だ。
これが横田町「あさひ亭」の割子そば。
漆の直径15cm位の朱塗りの割子にそばが入っており、通常3枚で一人前となっている。
これにダシを直接かけて食べ、薬味はのり・ネギ・鰹節が定番。蕎麦の香りを消さないためにワサビではなくもみじおろしを使用する。
信州系だと「ザル」に相当するわけだが、信州がつゆにそばを入れて食べるのとちょうど反対で出雲は「ぶっかけ」のスタイルだ。
信州そばは麺をつゆにつけてからすすって食べる食べ方が正しいが、出雲そばは噛んで食べるものなのだそうだ。
これは横田町「八川そば」の釜揚げそば。
釜揚げそばの方は、熱いそばのまま丼に入れ、そば湯を入れて鰹節などをのせてだしをかけ食べる。
言ってみれば最初からそば湯入りのつゆで食べるようなもんだ。
蕎麦の栄養分がたっぷり入っている。


そば粉について
出雲そばはそば粉についても特徴的。
まず蕎麦粉は地元仁多町・横田町などの地元出雲地方のものを使用するのが前提だ。
元来、そば粉は、真っ白な中心部が製粉された一番粉、中心部と殻の内側にある甘皮との中間層を挽いた二番粉、甘皮が挽き込まれた三番粉に分けられ、色も次第に濃くなってゆく。(地方によっては一番粉〜三番粉プラス末粉という場合もある)
信州そばではこの一番粉が珍重されるためにそばの色が比較的白い。
ところが出雲そばは「挽きぐるみ」といって、一番粉から三番粉までを混ぜ合わせて作るので色が黒っぽい(灰緑色)。
この三番粉に含まれる甘皮がポイントで、甘皮は色が黒くなる原因であると同時に香りや旨味が強く、腰の強さとなる粘りの素となっている。だから出雲そばは蕎麦の香りがとてもよくする。逆に悪い点を言うと繊維質が多くなるのでボソボソ(野趣に富む)になりやすい。

また、蕎麦の甘皮にはルチン(そばポリフェノール・ビタミンP)というアミノ酸が実の他の部分に比べ多く含まれているが、このルチンはビタミンCと一緒になって毛細血管を強くする働きがあるといわれている。一日の必要量(50mg)のルチンを取ろうとすると、25gのそば粉を食べればいいことになり、つまり、そばを一日一枚食べれば、脳溢血は防げるということだ。
さらに甘皮は繊維質が多く含まれるため、腸のぜん動をよくし、便通をととのえる効果がある。また利尿作用もあるため体力の老廃物排泄させ、浄血、のぼせ症、冷えやすい体、いつも顔色の悪い人には特に効果的だ。
効能を知ると甘皮入りの黒いそばじゃないといけないような気がしてくる。

尚補足だが、そばには他にも血中コレステロール上昇抑制、脂肪肝や肝硬変、口内炎や口角炎などの口の中や舌の炎症、多発性神経炎、脚気などを予防するほか、ボケ防止・高血圧予防等さまざまな成人病に効果があると言われている


蕎麦の三たて
”挽きたて、打ちたて、茹でたて”の3つで「蕎麦の三たて」という。
この3つが揃うと蕎麦はどこのそばも本当に美味しい。逆に美味しいそばを食べるには必須条件なのだが、いつも三たてで食べられるところは少ないと思う。
先日行った出石の皿蕎麦店は注文を受けてからそばを打つとのことだった。
まさかそば屋が全部注文を聞いてからそばを打つとも思えないが、今回行った横田町の店はいずれも注文してから最低15分以上待たされた。
この打ちたてのところだが、打った後の切りたてをいきなりすぐに茹でてはいけないのだそうだ。切りたてのそばは浮いてしまい上手く茹で上がらないとのこと。
茹でた後は秒単位でそばは劣化していく。
”採れたて”を加えて四タテという言い方もあるが、新そばはどうも少しおいてから1〜2月に食べるのが一番美味しいらしい。


包丁三日、延し(のし)三月、木鉢(こね)三年
蕎麦打ちをするときの格言。
習得するのにそれだけかかるということだ。
一番大事なのは最初の木鉢の工程(水回し・錬り)で、ここでそばの良否がほぼ決まってしまう。
そのときの粉の状態、気温・湿度などの環境の変化に対応しなければいけないからで、職人の勘がたよりらしい。


二八蕎麦と十割蕎麦
出雲そばは十割蕎麦とだ思っておられる方もいるかもしれないが決してそんなことはない。
二八蕎麦という店も多く、十割蕎麦がボソボソでのど越しが悪くなるから採用しないという店も多い。
二八蕎麦というのは2割がつなぎ(多くは小麦粉)で8割が蕎麦粉という意味だが、一般的には二八蕎麦と名乗っていても3:7であったり4:6であったりすることもあるようだ。本当のところはよくわからない。
つなぎの小麦粉は各店各様で極秘のものを使用しているようで、結構これがミソだったりする。
ついでに言うと駅のそばなんかは蕎麦粉5割以下のところもあるそうで、蕎麦といっていいかどうか疑問だったりする。
ルールは無いのでJAROに訴えても無駄だけどね。

奥出雲横田の5軒のそば屋
今回僕が出雲そばにはまるきっかけになった横田駅前の「あさひ亭」。人気があるらしい「八川そば」「一風庵」「山県そば」の4軒を二回の日曜日に分けて食べてきた。
この4軒、同じ横田の出雲そばでも味がかなり違う。
割子と釜揚げの2種を4軒比較レポートしてみることにする。
※ 2005.5 玄庵 追加



「あさひ亭」は横田駅前にあるこじんまりしたお店。
僕が出雲そばにはまるきっかけになった店だが、この店は現在横田町でもっとも古く70年の伝統を持つそば屋だ。
二八蕎麦で町内の粉を使用。
なんといってもここの蕎麦の特徴はやや太めで腰が強く歯ごたえが有ることだ。そしてそばの香りが良くし、のど越しもまずまず。
北海道産の昆布を使っているというダシは鰹節の風味が強く。ちょっと辛めで甘い。
尚このお店、週刊現代に紹介されたことが有る。
営業時間
11:00〜15:00、17:00〜21:00
「釜揚げそば」685円
釜揚げ蕎麦は4軒の内唯一つゆがついてこなかった。
蕎麦湯のドロッとしたものはなくて味も薄くてあっさり系。
風味はなかなかよい。
蕎麦湯が旨い。

※「割子そば」685円は上の写真
 



「八川そば」は横田駅からおろちループの方面に約3km程行ったところにある国道314号線沿いの店で、八川駅の正面にある。
この店は創業20年で非常に人気があるようだ。店の内部も広くさらに待合室が別にあって20人弱はテレビを見ながら順番を待つことが出来るようになっている。
蕎麦は二八で色が薄く細めで上品な感じ。香り・腰はさほどないがのど越しは一番良かった。
人気はあるようだがなんとなく出雲そばという気がしなかった。
営業時間
11:00〜14:00、17:30〜19:00
ここのおにぎりと豆腐がとても美味しかった。

※「割子そば」720円、「釜あげそば」720円(上の写真)
 


「一風庵」は八川そばと同じく横田駅からおろちループ方面に314号線を500mほど南下した国道沿いにある。
2003年に出来たばかりの店で駐車場も広く、店内は内装にまでこだわりを持って作ってあり、また人気でとても混雑している。
ご主人はたった1年修行しただけで店を開いたのだそうで、それだけの期間でこれだけの店を出して繁盛しているのだからかなりのやり手だ。

営業時間
11:00〜16:00
店内の写真。
そば打ちが見れないのが残念。
「割子蕎麦」710円
ここの蕎麦はつなぎを使わない十割蕎麦だ。
「生粉打ち」「石臼挽き」というのが売り文句になっている。
つなぎが無いので麺は短くて不揃い。硬めで噛むと切れやすい。
色が黒めで風味もあってくなかなか美味しい。
そばは「常陸秋そば」と「信州一号」のブレンド品だそうで出雲産ではない。
「釜揚げ蕎麦」660円
正直温かい蕎麦は十割蕎麦は合わない気がするなぁ・・・
横田小そば「野の香」。1050円。一日限定15食だ。
「横田産玄そば」で出来ている。
これは割子ではなく「もりそば」の形態。
香りを味うのに薬味は邪魔というのもうなずける。
ツユはほんの少ししか入っておらず、あまりツユをかけて食べて欲しくないという意識の現われだろう。
十割蕎麦とは思えないコシで驚いた。
まるでかたくり粉をつなぎに使っているかのようなそばのコシとツヤだ。思ったほど香りは強くないが、これが出雲そばの原点なのかと感じる。
のど越しはあまりよくない。
出雲そばは噛んで食べるのが基本だ。
一日限定10食の「そばがき」
モチモチしており、山県そばのものとは異なる(こっちの方が一般的かも)
そばよりもこのそばがきの方がずっと香りが強かった。
なかなか旨かった。
 



「山県そば」は横田駅から東北東に向かって約4km。横田町大呂の山県地区にある。他の3店と違い町や幹線道路から外れたかなり田舎にあるにもかかわらず県外客の方が多いという人気だ。
2002年、山県地区の農家10件で作ったそば「山県そば会」が地元のそばを広めたいと作ったものだそうである。
ご主人は5年間広島・福山で修行をされて戻ってこられている。
そば打ちをしているところが見れるのもいい。
水は横田の名水「延命水」を使用している。

営業時間
10:00〜18:30
「割子そば」650円
蕎麦は二八で石臼挽き。毎朝1kmほど離れたところで挽いているのを使用しているのだそうだ。
ご主人曰く「石臼で挽くとなぜか美味しい。そばは気候の厳しいところでとれたものは甘くて美味しくなる。のど越し・味のことを考えて最終的に二八になった」とのこと。小麦粉にもこだわっておられた。
蕎麦は細めであさひ亭に次ぐ腰がある。風味・のど越しも良くて美味しくバランスが取れている。
650円で漬物とそばがき(中にあんこ)がついてくる。
蕎麦も旨いがそばがきも甘くておいしい。
そばの香りは4軒の中で一番強くした。
「釜揚げそば」650円
ここの釜揚げそばは半熟玉子が入っており、器のそこにペースト状のそば湯があるのみ。つゆは自分で好みで入れるのだがつゆなしで混ぜて食べても結構旨い。これはおすすめ。
おなじく漬物とそばがきがついている。
これは「割子そば定食」740円。
米はうるち米。地元の豆腐は山椒味噌で食べる。
味噌汁はイノシシの肉が入ったシシ汁だ。
米・豆腐・汁・漬物どれも美味しい。
絶対に割安。
ただ、先に蕎麦から完食することをお薦めする。
今(2005.5)は福島産のそば粉を使用。
 

「玄庵」は"おろちループ"から広島県側に行った三井野原スキー場の国道314号沿いにあり、横田町の一番端になる。
休日のお昼時は結構人気な様子だ。
店員には若い人もいて、他の蕎麦屋より若々しい感じ。
出雲そばというのが前面に出ておらず、「わりご」とメニューの中にひっそり書いてあった。
「わりご」
ここの蕎麦は他の4店と少し違う。
麺にコシがとてもあるが、硬いという感じではなく弾力がある。
麺は水分を吸っているのか真四角ではなく少し膨れている感じで、表面はツルツルだけどのど越しはさほどではない。
二八ということだったが、つなぎにもしかすると山芋とかを使っているのかも知れない。ほのかに山芋の香りを感じたような・・・
蕎麦の香りもあまり強くない。
聞くと今は北海道産のそば粉を使っているそうだ。
これは「ざるそば」
つゆについてはあまり辛味がなくそのままでも飲めるほど
「そばがき」
箸で軽く切れるほど柔らかくてモチモチしていて美味しかった。

以上、各店それぞれの特徴があってなかなか面白い。


水について
蕎麦は水が重要な要素だが、横田町は県外から多くの人が集まる名水が二つある。

一つが有名な坂根の「延命水」。
この水を汲むために片道数時間かけて広島や福山からも軽トラックにポリタンクを積んでやってきている人が後をたたない。福山でも喫茶店に「延命水使用」というのを売り文句にしている店も有るくらいで、僕も福山の渇水のときにはここまで汲みに行かされたことがある。
とてもまろやかな美味しい水で飲料用に適している。
このあたりの山水はいつも結構な水量でたくさん下流に水が流れており、この水で蕎麦が育ちそしてこの水で打つのだから横田の蕎麦はうまいわけだ。
「延命水」の名前の由来は100歳以上の古狸が愛飲していたからということらしい。

もう一つが「鳥上の水」。
この名称は定かではないのだが、僕は今回初めて知った。
横田駅前の喫茶店でコーヒーを飲んでいる時にそこの親切なママさんにお聞きしたので汲みに行ってみた。
ママさんによると鳥上の水は飲料用としてでは無く、肌にいい水なのだという。化粧を落とした後、この水を一回沸かしたもので顔を洗うと肌がつるつるになるのだそうだ。
場所は山県そばの有る鳥上地区から右折し、斐乃上温泉「ヴィラ船通山」から川沿いをすこし登ったところだ。
行ってみるとトラックを含む10台前後の車が停まって水汲みの順番待ちをしていた。
  
順番待ちの間、汲んでいる人に「ここの水は飲めないと聞きましたが」と質問すると、「それは下のタンクの水のことじゃないかな」とのこと、確かに下流のタンクからも水が汲めるようになっている。あとで調べてみたところではここの水は飲料用として申請されていないようだった。実際には飲めるのかもしれない。
その水ですこし手を洗ってみる。
驚くことにそれだけで手がスベスベになった。こんな水は初めてだ。
家に帰って調べてみてからその理由を納得。泉源を同じくする斐乃上温泉は佐賀の嬉野温泉・栃木の喜連川温泉と並ぶ「日本三大美肌の湯」だったのだ。嬉野温泉には僕も泊まった事があるが、そのとき以上の感触だ。
正直僕も温泉好きなのでこれまでずいぶん沢山の温泉に行っているんだけど、一番肌がつるつるになったと感じたのが鳥取県の関金温泉。もしかしたらそこ以上かもしれない。
泉質はアルカリ性単純泉(ph9.2)とも放射能泉ともなっている。
効能は美肌・胃腸潰瘍・切傷・アトピー・神経痛・リウマチ・筋肉痛その他。ニキビも直るという。

尚、この温泉がある船通山(=鳥上山)はヤマタノオロチが住んでいたといわれるところで、出雲神話との関係がとても深い。神話の解釈としては斐伊川自体がヤマタノオロチというのが一般的で、斐乃上温泉はその斐伊川の一番上流に位置するとことだ。神話の里だからこそこういった水が湧き出ているんだと考えると感慨深く妙に納得できる。
みんなも一度この水の感触を実感してみて欲しい。


少し長くなったけど奥出雲の横田町。
美味しいそばを食べて水を汲んで(ついでに滝を見て)返るっていう一日コースもなかなか悪くない。

  
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