川井郁子考

  世の中「癒し」と言われはじめてもうしばらくになる。
不景気な世の中、この癒し系のものが定着しているのもごく自然に理解できる気がするが、そのなかで優香や吉岡美穂に代表されるような癒し系女優に人気が集まるばかりでなく、音楽の世界でも「feel」「image」等に代表されるいわゆる癒し系の音楽が人気を持って既に定着してきている。

  こんな中で、クラシック界でも有名ソリストがこの癒し系ブームに乗ってクラシック音楽のみならず映画音楽・ポップス・CMソングから演歌にいたるまでアレンジを施し演奏したCDを発売し、ある程度のセールスを記録している。
日本ではマイナーなクラシック音楽を広く親しみやすいジャンルとするため、演奏家はいろんな努力をされて普及に努めておられるようだ。

  一方、J−クラシックという日本人若手演奏家による新しいジャンルも認知されてきた。
ある程度の実力を持った日本の若手が同様に幅広いジャンルの曲を演奏したCDが発売されている。
  ヴァイオリンの幸田聡子・高嶋ちさ子、ピアノの加羽沢美濃、フルートの高木綾子、ギターの村治香織、ハープの竹松舞などがその代表格である。
名前を挙げるとお分かりのように、特に美人演奏家となると売り上げのほうも上々のようで、ジャケット写真で売り上げが左右されてしまうといわれるほどで、近頃は外見重視の方向も過熱気味となっている気がする。しかし、なかにはおやと思わせるような演奏があったりするのも否めない。
  ただ音楽とは不思議なもので(これはポップスではあたりまえなのかもしれないが)美人が演奏していると、ほんとうに音楽までよりよく思えてくるのだ。そうおもうのは僕が男だからだというだけではないと思う。演奏会では衣装やパフォーマンスなどのビジュアル的なもので、演奏の印象を変えてしまうことも充分ある。これからさらにDVD等で映像つきの演奏を聴く機会も増えるのも間違いないであろうし、演奏家のビジュアル的な部分はさらに音楽にとって重要視されてくるだろう。

  そして川井郁子だ。
このたび僕は川井郁子の演奏を聞くチャンスに恵まれた。
  既に2枚の彼女のCDをジャケット写真に惹かれて買っていた僕だが、これまで川井郁子に対するイメージは容姿はA級・腕B級といったところであった。
CDではデビュー作のRedViolinが特にお気に入りで、スペイン情緒あふれる選曲と聞きやすさで、僕の車のなかにはいつもこれをダビングしたMDが準備されている。

  コンサート会場に開場10分前に着いた。全席自由ということもあるが、既に長蛇の列が出来上がっている。想像よりも多くの人で総社の人の関心度の高さに驚かされる。
  当日券を購入し会場の中に入る。音楽を聴くことを重点に考えるのなら1F中央がいいが、今回は小編成であるから響きを重視するよりも彼女の顔が見えるところに行かなければいけないと、どんどん前に進む。すると前から2列目の中央やや左の席が偶然1席空いておりうまくゲットすることができた。ラッキーだ。

  会場が暗くなり、彼女が登場する。
黒のパンツルック。見事なスタイル。美しく端正な顔立ち。
やっぱりビジュアル系だ。しばらく魅了される。
クラシックのコンサートのイメージではない。
  演奏が始まる。なんとスピーカーから音が出ている。
クラシックの演奏でマイク経由の音を聞くことはまずない。通常コンチェルトの演奏でもオーケストラの前でヴァイオリン1本で大音量のオケに立ち向かうのだが、それがクラシックというものだ。
生のヴァイオリンの音が聞けないのは少し残念だ。

  淡々と曲が進む。耳障りの良い曲が続き聞いていて心地よい。彼女のヴァイオリンはとても音程が良い上に音質も柔らかくあたたかい。そして選曲は映画音楽を含め有名な聞いたことのある小品ばかりで、演奏には彼女の個性が時折現れる。
  数曲終わり彼女が曲の紹介などを行い客席に向かって話しかける。なんときれいな声だ。外見からイメージされるままの優しい声とつつましやかさ。色気もたっぷり感じる。うーん持って帰りたい。
同じ人気ヴァイオリニストの高嶋ちさ子は外見とは異なり話せばガラガラ声で超天然ボケ。それはそれで可愛いが川井郁子とは大違いである。

  第一部のおわりに「チャルダッシュ」という人気曲が演奏された。この曲僕もピアノ伴奏したことがあるのだが、ジプシーの曲でその哀愁がでる上に超早弾きの部分があり聞く人を魅了する曲だ。実はこの曲を演奏した高嶋ちさ子・鈴木理恵子のCDを僕はもっているが、いずれも個性的で楽しいものだ。高嶋ちさ子の方は一昨年岡山グランビアでのコンサートで直接聴いたこともある。
  というわけでこの曲興味深く聞いたのだが、「彼女は思ったよりうまい」という印象をもった。テクニックは高嶋以上かもしれない。ただし演奏がきれい過ぎる。
ジプシーの哀愁があまり感じられないということと演奏者の汗を感じないので、なんかすんなり曲がおわってしまったという印象だ。感動がやや少なかったわけだが、これは伴奏の音が大きすぎたせいとスピーカーからの音であるせいもあるかもしれなかった。

  第2部がはじまり、彼女は紅のロングドレス。
また僕の目を魅了する。胸が少し開いたドレスで前かがみになったりすると2階席から見られやしないかと余計な心配をしたりした。
彼女のオリジナル曲やタンゴなどが演奏され、一部と同様な進行。
アンコールでは浜辺の歌など2曲が演奏された。

  コンサートが終わり、彼女のサイン色紙つきでCDやDVDが販売されていた。少し悩んだが、やはり僕はDVDの方を購入し、サイン色紙をもらって帰った。
結局印象は当初のものとは変わらなかった。
いつか生の音で聞いてみたい。そうすればまた印象が変わるかもしれない。

  しかし、ひさびさのコンサートでなかなかいい体験だった。
これで2000円は間違いなく安かった。