広島交響楽団第22回福山定期演奏会
  チャイコフスキー、木嶋真優を聴く
 
 




2016年2月7日、広島交響楽団第22回福山定期演奏会。
仕事の都合が付かず、広響を聞くのはなんと4年ぶり。久しぶりの広響はどんな演奏を聞かせてくれるのだろう



この日のプログラムは

  1.チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35  Vn:木嶋真優
         〜 休憩 〜
  2.チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」

というもの。
指揮は小泉和裕氏である

なんと前回聴いた広響18回福山定期での曲もチャイコのヴァイオリンコンチェルト
そのときのヴァイオリンは松田理奈だったわけだがまた同じ曲。「なぜまた・・・」という気もするがこれもまためぐり合わせか・・・
福山のような集客力が無い演奏会場だと超有名曲じゃないと人が集まらないということがあるのかもしれない。調べてみると7月にはまたこの曲がリーデンローズで演奏されることになっている。それはそれで聞き比べが出来るから良しということにしよう。



まず1曲目はチャイコのヴァイオリンコンチェルト。
今回のヴァイオリニストは木嶋真優。
印象としては4年前の松田理奈と比べるとずいぶん大人っぽいクールな美人だけど、この人1986年産まれとなっているので松田理奈よりもひとつ年下ということになる。
まぁ29歳なら大人っぽくても当たり前なのではあるが、とても落ち着いた雰囲気が漂っていた。

彼女の主なコンクールの経歴としては
・2000年 第8回ヴィニャフスキー国際ヴァイオリン・コンクール・ジュニア部門で最高位。
・2003年 パトラス国際ヴァイオリン・コンクールで優勝及び特別賞
・2004年 ノヴォシビルスク国際ヴァイオリン・コンクール シニア部門でグランプリ
・2009年 エリザベート王妃国際音楽コンクールでファイナリスト
となっており、ロストロポービッチから「世界で最も優れた若手ヴァイオリニスト」と絶賛されたとのこと、それ以降数多くのオケとの共演を果たしている。




彼女が登場してきた。意外に小柄な印象。
彼女は結構身体を大きく揺らしながら弾くタイプだ。
音量もなかなかあって広響に決して負けていない。協奏曲はオケとソロとの掛け合いが一つの見ものである訳だが、そういった点ではとても面白いといえるものだった。
ただ一方で、ちょっと荒っぽいという印象も受けた。もう少しスコアの一音一音を大切にして聞かせて欲しいと感じる。千住真理子の演奏とはその点で対照的なイメージだ。
例えばツィゴイネルワイゼンやチャルダッシュのような曲ならどれだけ荒っぽく自由に弾いてもいいし個性が大切。スピリットや迫力が伝わったほうが聴いているほうも楽しい。
でもチャイコのこの曲では違うような気がする・・・
同じ荒削りでも松田理奈の演奏の方が丁寧で自分は好きだ。


一楽章が終わったところで、開場から拍手が起こった。
そんな感動するような演奏だったか?
いつもながら福山の観客のレベルは低くて悲しくなる。
こんな有名な曲なのに3楽章まであるくらいは知っとけよ!そもそもプログラムにも書いてあるし!運営側もクラシックを知らない人まで呼んでるんじゃないのか?
ああ恥ずかしい!
そういえば、昔の広響のコンサートで一番前の席で演奏に合わせて手を振って指揮マネしているおばちゃんがいたことを思い出した。演奏者がとても目障りだったと言っていたなぁ・・・


そして3楽章が終わってブラボーという声と鳴り止まない拍手。アンコールの催促。
何度と無く彼女は出てきて挨拶はしたけどほとんど作り笑顔。
結局アンコールは無し。
彼女もしかして福山の低レベルな観客にやる気がでなくなったのかも?
ホールだけは立派なのに・・・




15分の休憩
第二部が始まる前にアナウンスで「楽章間での拍手はしないようにお願いします」
こんなアナウンス聴いたことない。
だいたい楽章間がどこかわからない人が拍手するのに、このアナウンス自体に効果はあるのかだろうかとなんか可笑しくなった。
実際のところ悲愴は3楽章の終わりが鬼門だ。



そういえば話はそれるけど、昨年のこと
オーストリア、ザルツブルグ音楽祭でのウイーンフィルのモーツアルト「フィガロの結婚」のプラチナチケットが手に入ったので聴きにいったのだが、そこにやって来る観客は全く違った。
ほぼ100%の人が正装。ラフな格好をしている人は一人もいない。
全体として男性のネクタイ率は8割。女性のイブニングドレス率は3割くらいか。
そんな中、黒塗りの車がホールの前に何台もやってきて、後部座席から出てくるのはタキシードの男性とドレスの女性。ある程度の年配の人が多いのだけど、中には一目イタリア人の映画俳優のカップルかと思われるような美男美女もいたりする。
演奏中の聴衆のマナーも素晴らしいが、幕間はバルコニーでそういった人たちがシャンパンを飲みながらのおしゃべり。バルコニーからは旧ザルツブルグ市街地(世界遺産)が見えるという超セレブなおしゃれな雰囲気を味わうことが出来たものだ。
はっきり言ってリーデンローズでの演奏会の雰囲気とは全く異なる。まぁリーデンローズのバルコニーからはスーパーマーケットと道路を走り回る車くらいしか見えないので望むべくもないのだが・・・

しかしまぁこれは特殊な例。
あの由緒正しきウイーン学友教会の黄金のホールで頻繁にやっているモーツアルトコンサートなんかはあくまで観光客が相手なので、演奏中も写真は撮り放題。服装もほとんどツアー客そのままのラフなもの。前回ここに行った時は舞台の脇まで観客席が設けてあり、そこにはカメラを持った中国人旅行客が陣取っていてセレブ感は皆無だったりした。

結局本場でも演奏会の質で全く印象もステイタスも異なるということではある。




さて悲愴の演奏が始まった。

小泉和裕氏の指揮はロマンティシズム溢れるもので、広響は本当に良く反応し良く鳴っていて素晴らしかった。日本の超一流オケと比較しても遜色の無い良い演奏だったと思う。
恐れていた3楽章の終わりにはパラパラと拍手・・・・意外に少なかったな
小泉氏は3楽章終了後、間髪入れずすぐに4楽章に入ったというのも拍手が少なかった一因だった。

4楽章は悲愴の悲愴たる部分なのだが、自分の好みを言わせていただくと、まずオーケストラの配置に一言言いたい。

4楽章の最初のメロディーは第1ヴァイオリンがずっと弾いているのではなく、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが一音ずつ交互にメロディーラインを担っている。
チャイコフスキー作曲当時のオーケストラの弦楽器の配置は
左から 「第1ヴァイオリン/ヴィオラ/チェロ/第2ヴァイオリン」
という並びで、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれていた。
それによってメロディーが左右にフラフラして不安定感を出す。
それがチャイコフスキーの狙いだったはず。
それを最近主流の弦楽器の並び
左から 「第1ヴァイオリン/第2ヴァイオリン/チェロ/ヴィオラ」
の順のままで演奏されたので、左側から普通のメロディーラインのままで聞こえてきた。
「この曲だけはチャイコフスキーの意図を汲んで第2ヴァイオリンを右側に置いて欲しかった」というのが一つ。

もうひとつは最後のPPPPの1音をもっともっと重苦しく本当に消えてしまうように演奏して欲しかったということ。なんかあっさり終わってしまった気がした。


曲が終わって「ブラボー」の声
しかしこの曲でいきなりの「ブラボー」は無いんじゃないかなぁ・・・・
人が終に息絶えるといったエンディング。涙を流す人もいるくらいの・・・
この人たち本当に演奏ちゃんと聴いてたの??
まぁ毎回毎回「ブラボー」と叫びたい人は確実にいるんだろうけどね・・・



アンコールは「ポロネーズ」


演奏終了後のサイン会は無し、CDの販売も無し



全体的にコストパフォーマンスに優れた演奏会ではあったけれど、演奏以外でしらけることが多い演奏会でもあった。